家族愛、感じます


父が術後半年の検診に一人で出かけた。病院に2泊してカテーテル検査をしてきたのだが、当日の医師の説明では「前回と変化なし」。「完全ですか」との父の問いに「完全ではないが75%でまずまず。とりあえず治療をすることはないでしょう。担当医の先生がどう判断するかですが・・・」ということで、午後の担当医からの説明を待ち焦がれていると、16時頃になって看護師が言う。

「先生は都合で今日病院には来られません。月曜日に今日の検査結果を診て、異常が発見された患者さんには電話連絡して事後処理をするそうです」

ということでその日は帰って来た。月曜日はずっと待っていたが、電話はなかった。良かったねと、連絡をしていたら、火曜日に電話がかかって来た。

「先生の伝言です。CDを診たところ左側に細くなっている箇所があるので詳しく説明したい。7月1日の定期診断日を早めて今月26日午後2時に来院してほしい」とのこと。

この箇所は前回の検査でマークされていて、「様子を見ましょう」と医師から言われていた所なので、さほどの驚きはなかったようだ。父から「歩くとたまに胸苦しさを感じるのはそれが原因か? 徹底的に治してもらうために行ってきます。心配無用です」というメールが来た。

半年前の手術では、冠動脈の詰まって堅くなっている箇所を、ローターブレーターというドリルで粉砕した後、風船で血管を広げ、薬を塗ったステント(金属の筒)を3本順番に入れて行った。(このあたりのことは2010年12月号で詳しく書いた。)心配なのでマサイも会社を途中で引かせてもらって病院に行く。2人で説明を聞いた。こんな病状だからという訳ではないが、最近は親が心配だから行ってあげないと、とよく思うようになった。 今まであまりそんなことを考えたことはないが、自分もそれなりに年をとって来たせいかもしれない。

心臓を取り巻く冠動脈のうち、前回手術をした中央と右はOK。1年後に詰まる可能性は10%ほど。普通は多少でこぼこが出てくるものだが、綺麗にまっすぐ血管が伸びている、ステントが体に合っているようです、という医師の説明に安心する。

しかしこの2本に比べて左の冠動脈が一か所くびれている。ここは太くて当たり前のところなのだという。心臓の絵を描いた説明書には当該個所に75〜90%と数字が入っていた。それ程詰まっているのか。このまま様子見でもよいのだが、いずれは手術前の他の2本と同じ状態になる。それなら今のうちに血管を綺麗にしておいた方が良い。手術は普通か難しいかで、簡単はないのだが、今回は普通。カテーテルは足の付け根ではなく、右手首からでOK。そんなに時間はかからない。医師の説明を親子で真剣に聞く。

ここをやればもう完全に悪い所はなくなる。血管が詰まることを心配することもない。30日入院の、31日手術で行きましょう、と医師は言う。5日後である。父はこれで心配がなくなると、安心した表情だった。カテーテルを腕から通すというのも、時間がかからないと言ってもらえたのも、父にとっては安心材料だったようだ。

実家まで送って行ったのだが、母がバス通りまで迎えに出ていた。この二人、最近携帯を買い換えた。今までほとんど使うことはなかったのだが(母は一度買ったものの解約したてしまったし、父はメールの契約すらしていない)、気軽にメールをやり取りしたいというのが理由で、それが簡単に出来る機種を選んできた。メールのやり取りの相手はマサイと細君しかいない。しかし2010年4月号に書いたが、パソコンのメールのやり取りで随分親子間が近くなっている。病院での医師の診断内容などはパソコンのメールで詳しく報告が来る。

両親はマサイからのメールを毎日に楽しみに待っているという。メールをプリントアウトして、添付の孫の写真を印画紙にプリントし、一緒にして母が几帳面にファイルしている。それが5冊目に入った。

しかしそのメールも父がパソコンを開けないと出来ないので、母は自由に触れない。で、もっと気軽に携帯メールでやりとりしたいと考えたらしい。母が先に買ったのだが、教えるにも同じ機種でないと教えられないから、と父も同じ機種に買い替えた。ソファに並んで座って仲良くいじっている図を想像すると心が和む。

その携帯にマサイと細君のメルアドを登録し、使い方を説明してきた。父はこれで入院中に病院から連絡できる、入院中に説明書を読みながら使い方をマスターする、と喜んでいた。

手術前日30日に父は入院した。病室の場所、どんな具合かはメールで報告が来た。使いこなしているようだ。絵文字も付いている。一人で実家にいる母からはひらがなが多いメールが来る。ところどころ漢字に変換はしてあるが、ひらがなの方が多い。随分時間をかけて打っているらしい。

手術当日は会社を早退して病院へ。細君が送った励ましメールに添付した写真を見れるようにしてくれ、というので携帯を見てみると、母から沢山メールが来ていた。二人で小さな携帯画面を通して随分やり取りをしていたらしい。使い過ぎて電池がなくなって来たという。

18時に手術室へ呼ばれた。通路のソファで終わるのを祈って待つ。前回もここで待っていたが、前回ほど心配はしていない。19時10分に主治医の先生が出てきた。手術は無事終ったので、後の説明まで待つようにという。ほっとして、感謝の祈りをささげる。

呼ばれて行くと、術後の父が点滴のラックを引きながらもう歩いている。驚くべきことだ。心臓を取り巻く血管の手術をしたばかりとは思えない。一緒に映像を見ながら医師からの説明を聞く。

今回手術をしたのは、左の冠動脈。本来太くあるべき場所が、くびれたように細くなっていた。血管内でカルシウムが石灰化していたらしい。最初は風船で膨らます予定だったが、それではすまず、手首の血管からカテーテルを通し、ローターブレーターでその堅くなっているところを削った。その後削った場所を風船で膨らませて、そこに薬を塗ったステントを一本入れた。これは血管を広げるばかりでなく、再発しにくくするという効果もある。削った長さは約15mm。血管の太さは3mm。術後の映像では、血の通り道が見事に太くなっていた。これで心配なところは全てなくなった。父も安心したようだ。表情が和らいでいる。後で母からも安心した、というメールが来た。

2時間以上かけて帰宅。妻子の顔を見てほっとして、やっと力が抜けた。家族愛ということを、最近は良く感じる。これを思うと、全てを主に感謝できる。家族が元気でいてくれることの幸せ。主よ有難うございます。

ヨハネの手紙第一 4:7
愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

ゼパニヤ書 3:17
あなたの神、【主】は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。
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