又変わるの?


我家の受験シーズンが終わった。1月号にも書いたが、我が息子は高校受験生。出願の日は中学で推薦状を貰ってそのまま志望校へ提出に行ったので、付いて行かれなかった。入試当日は、息子に最寄りの駅まで車で送ってくれればいいと言われていたのを、電車が不通になった時には学校までの道を確保する必要がある、と必死に説得をして、学校の有る駅まで一緒に行くことをやっと許してもらった。細君が呆れて聞いている。

当日朝は幸い良い天気で、事故もダイヤ乱れもなく(山手線は事故で不通だった)、学校のある駅まで無事に着いた。改札口で見送る。さすがに大学受験ではこんなことをさせてもらえないだろうから、これが最後かと後姿を見送る。

息子の入試結果は、速達で郵送されてくることになっていたので、試験翌日は半日ただひたすら待っていた。細君は朝から何も手につかない。マサイは5階まで配達してくれると分かっていながらも、下のポストを1時間おきに確認に行ったり、ベランダから下を見下ろしたりしていた。

昼過ぎてやっと玄関のチャイムが鳴り、印鑑を持って走り出た。細君に急き立てられながら封を切る。中から「合格通知書」が出て来た。主よ、感謝します。

息子が小学校に入学する年から、小学校は土曜日が完全に休みになった。「ゆとり教育」の始まりである。結局小・中学校の9年間、土曜日授業はなかった。小学校に入学する前の年までは、隔週で学校があったらしい。我々の時代は高校まで土曜日は半ドンであった。朝登校するのは変わらないが、3〜4時間の授業を終えて昼には帰ってこられるのが嬉しい日であった。

しかし息子が中学を卒業しようとする今、学習指導要領も「ゆとり」から「脱ゆとり」へ、という動きでいろいろな改革案が出てきた。「ゆとり」時代は、台形の面積の求め方が教科書から消えたり、円周率は3で良いとか、教科書も薄くとか、さまざまな試行錯誤の時代であった。

しかし国際社会の中において、日本の学習到達度が近隣諸国より下がってきた。その後に発表された学力重視傾向の新学習指導要領は、元の学習内容に近いものに戻るような印象を受けた。となると、この年代だけ教育を受ける量が少なかった、という状態になる。とんでもないことだが、その期間小・中学校にいた子どもたちは、大人になっても「ゆとり世代」とひと括りにされて、差別を受けることになりそうだ。

高校入試制度もしかり。マサイの頃は、高校入試は2月末、5教科試験の得点で合否が決った。余程補欠募集というのがない限りは、1校は1回しか受けられないし、公立高校は一発勝負だった。それが気付かないうちに前期選抜と後期選抜という制度が出来、公立高校入試は2回チャレンジできるようになっていた。息子が受けるにあたって、やっとその仕組みが理解出来たと思ったら、2013年度からは公立高校の入試制度が変わるという。今度は前期・後期の分けがなくなり、全員が5教科の試験(学力検査)と、面接、作文を受ける、このため入試も2日間にわたる、という方向へ向っているらしい。

本当に最良の入試方式を模索しているのか、たまたまその責任者のポストについた人間が、自分の実績を残したいがための変革か、よく分からないところがある。やってみたけど、やっぱりだめだったからやめよう、ではすまない。被害者となるのは子どもたちである。

教育は国民の三大義務の一つである。一生を左右するような学習の基礎を学ぶ時の指導要領の根本がそう変わってばかりではとても困る。いつの時代になっても、いつでも同じものが、同じ条件で受けられるというのが、マサイの希望である。

伝道者の書 3:14
私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。


申命記 4:2
私があなたがたに命じることばに、つけ加えてはならない。また、減らしてはならない。私があなたがたに命じる、あなたがたの神、【主】の命令を、守らなければならない。

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。
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