お願い、壊さないで


28才の時初めて海外旅行へ行った。旅先はエジプト。お盆の次の週出発で、8日間のツアーだった。

南周りで成田からマニラ、バンコクを経由して、23時間半の長旅。マサイは昔からエジプトの古代文明に興味がある。その古代遺跡をいつかは自分の目で見たいとずっと思っていた。そのためにいろいろな本を読んで、行くに当たってはカメラを買い換え、現地で不自由がないように英語も夜学に通って勉強した。ツアーで行くのに何をそんなに構えなくても、と今なら考えるところだが、何せ初めての海外旅行なので、希望が膨らんでいた。

カイロまでは遠かった。しかし飛行機に乗るのも初めてなので、苦痛に感じなかった。早朝真っ暗なうちに着いた。市内にバスで出ると、車が多い。クラクションを構わず鳴らしながら走っているのでやかましい。交通ルールはあってないように見えた。派手な明るい色が見当たらず、町全体が茶色の印象だった。これが初めて見た外国の風景だ。

憧れのピラミッドは、入りたかったクフ王のものに入れず、カフラー王のピラミッドの中に入った。この神秘的で、壮大な建造物が完成したばかりの時はどれほどすごかったのだろう。往時に思いをはせる。すぐ側にあるスフィンクスは何を見ていたのか。顔を同じ方向へ向けてみると、思ったより近いところに民家があった。この周辺地域の都市化による環境変化が原因で、スフィンクスの首が落ちるかもしれない、と22年前から言われていた。

カイロから空路でアスワンへ。そこからアブシンベルへ。これも憧れだったアブシンベル大神殿を見る。ラムセス2世が建てさせたものを、アスワンハイダム建設による水没の危機から救い出してここに移した。ラムセス2世はモーセと同時代を生きたエジプトの王様だ。この見事な巨大遺跡を前に、古代史の中に自分が入っているような感動があった。しかし暑さには閉口した。空気がゆがんで感じるほどの暑さだった。日陰ではしのげるのだが、頭のすぐ真上で太陽が照りつけているようだった。

そこからルクソールへ。ここは古都テーベ。カルナック神殿とルクソール神殿を見る。どの建造物も、はるかに昔に作られたものだ。しかしここでは現在文明と共存している。時間が止まっている部分があるのかもしれない。対岸の王家の谷ではツタンカーメン王の墓などを見る。この西岸は、より茶色い印象であった。

観光収入が多い国であろうに、治安には不安がある。西岸に有るハトシェプスト女王葬祭殿ではその後観光客を巻こんだ乱射事件があった。現地を見てきたから、逃げようのない場所での無差別テロがいかに凄惨を極めたかが良く分かる。決して安全な国ではないのだ。

ルクソールからはナイル川に沿って寝台列車でカイロまで戻ってきた。文明とは縁遠いような光景が続いていた。この国は、本当に時が止まってしまっているのではないか、と疑うほどだった。

エジプトは旧約聖書にたくさん登場する国である。アブラハムは飢饉の時にエジプトへ下って行った。ヨセフはこの国で総理大臣のような役割を果たしていたし、ヤコブもすべての子孫と一緒にエジプトへ行った。モーセもこの地で若い頃を過ごしている。イスラエル人はエジプトに430年滞在していた。イエス様もヘロデの手から逃れるために父母と一緒にエジプトへ行った。聖書を読んでいるとよく出てくる国である。

初めての海外旅行で、見るもの聞くもの全てが面白かった。特に気を引かれたのは、街の店の中に大統領の写真が飾ってあったことだ。ムバラク大統領の写真だった。1981年サダト大統領の暗殺後大統領に就任したというから、この時で就任7年後。写真といっても遠くから見て分かったくらいだから、それなりの大きさだった。フレームに入っているのもあったし、そのままを壁に止めているのもあった。宗教画か、信仰の対象のような印象だった。大統領の写真を飾るというのを珍しく感じたが、それをあちこちで見かけた。日本で総理大臣の写真を飾っている店は見たことがないので、余程人気があるのだろうと思っていた。

そんな大統領をめぐって、今反政府デモの規模が日に日に大きくなってきている。100万人規模のデモがあったのは、カイロで泊まったホテルのすぐ側だ。政治や情勢の事は分からないので、今新聞をにぎわしている事については何もいえない。新聞を読みながらも、古代遺跡を中心にしたテーマパーク的なイメージしか持っていなければ、認識は随分ずれてしまう。好きな国とはいえ、興味があるのは新王国時代までのことだ。その時代からもう3,000年以上たっている。日本の歴史より前のことだ。

ただ発掘品略奪などのニュースを聞くと、とても悲しい。貴重な人類の文化遺産だ。あれほどの素晴らしい古代遺産を抱えていながら、それが破壊されかねない危機的状況にある事を憂える。細君を連れてもう一度行ってみたいと思っていたのだが、行くまでにスフィンクスの首はついていてほしいし、遺跡も博物館も破壊されずに残っていて欲しい。

箴言 17:1
一切れのかわいたパンがあって、平和であるのは、ごちそうと争いに満ちた家にまさる。

エペソ人への手紙 2:14
キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。
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