父とゆっくり時間を過ごす


両親とメールのやり取りをするようになった、ということは以前書いた。父は息子の他にはアドレスを教えていないので、マサイか細君からしかメールは行かない。というのに、毎日何回もメール受信をチェックしているというので、こちらも怠けずにメールを送っている。度重なると書く事がなくなるので、内容は他愛のない短いものになる。しかし親子の間が近くなったと、母も喜んでくれている。

そんなふうだから、普段なら送ったメールにはすぐに返事が来る。しかし3通送って返事がないと、何かあったのではないかと心配してしまう。電話をしようかと思っていたところにやっと返事が来た。

11月2日、医者に行ってきた後にメールを書いたらしい。父は4年前に右内頚動脈閉塞が見つかっている。右の頸動脈が詰まって血液が流れていない。これは趣味のゴルフを続けたさに、気楽に頭のMRI検査を受けた結果分かったものだ。

今回も他はどこも悪くないということだったが、「念のために」と受けた検査でとんでもないことが分かってしまった。

最近、朝食後に決って軽い胸苦しさに悩まされていたらしい。かかりつけのドクターの診断は、持病の逆流性食道炎の影響。ということで、胃酸抑制の投薬を飲み続けて来た。念のため5月には胃、食道の内視鏡検査をしたが、異常は見つからなかった。

「胃部の異常は心臓への赤信号」と言うので、10月の中頃、近所に開業した循環器科医院の医師に診てもらった。聴診器で聴く心音は綺麗、心電図は正常、採血検査の心臓部の数値も異常なし。しかし若手の医師は感じるものがあったのか、「頚動脈閉塞がある人は、他に異常があるかも?」と精密検査を勧め、総合病院に紹介状を書いてくれた。

10月18日に頭、首のMRI、21日に肺、心臓のCTと検査し、29日に検査結果を聞きに行くと、「動脈硬化が極度に進み、冠動脈の2箇所が細く、詰まりかけている。心筋梗塞を防ぐ手当てが必要」という診断。「異常なし」という診断の後だったので、このCT検査の結果で奈落の底に突き落とされたような思いがしたという。心配する医師は即座に大学病院にさらなるカテーテル検査の要請をしてくれた。

帰宅後、気分が治まったところで良く考えてみたらしい。心臓病のカテーテル手術ならC総合病院の院長が名医。カテーテルの治療で世界一を誇る、と週刊誌にインタビュー記事が載るほどだ。大学病院よりこの世界の名医に賭けてみようと、11月2日、父は一人で、 埼玉から千葉まで出掛けた。一時間半待ちでコーディネーターに会い、院長への受診方法などを聞いた。そして医師が持つデータに紹介状を添えて、来週月曜日に初診に行く予定を入れてきた。月曜しか院長の初診がない。日本国中から患者が集まってくるので、心臓病センターは「門前列を成す」の状況だという。なので、朝8時受付で最後の人は夜20時頃までかかるかもしれないと聞いてきた。名医への受診は大変らしい。

という状態であったので、メールもご無沙汰したという。いきなりこのメールを読まされた方は驚いた。心臓の血管が詰まるとは一大事だ。内容は深刻だが、本人はいたって元気なようで、なるようになるさという心境らしい。すぐに電話をしたが、声は元気そうだった。母に「孫が高校、大学、結婚と進むまで頑張って」とハッパをかけられたという。親子3人で祈る。父のために、病院のために、担当医のために、病院のスタッフのために祈った。

11月8日 父は一人で病院へ。午前中に7つの検査を行い、午後一番の院長の診察で、即座にカテーテル検査が明日と決まる。夜までかかることを覚悟して行ったようだが、早く済んだ。「心配なく、治してみせます。正月までには元気になっています」というメールが来た。

11月9日 マサイも会社を休んで早目に家を出る。心臓回りの血管の手術というと大事だが、家で妻子と3人で祈ってから出発したので、何の心配もない。病院で待ち合わせて、両親と一緒に入院の手続きをする。夕方、造影剤を入れてカテーテル検査。この検査の結果分かったことは、右内頚動脈が詰まっているが、左から回り込んでいるのがあるから、ここは触らない、というより、触ってはだめ。 心臓に3本ある冠動脈のうち、左・右はOKだが、真ん中が2か所詰まっている。90%詰まっているところと、75%詰まっているところの2か所。

治療にはカテーテル治療が必要。 写真を見せてもらったが、血管が2箇所でくびれている。そうでないところも多少、血管の幅が狭くなっているのか、弱弱しく見える。

 詰まっているところが堅くなっている場合は、必要応じてローターブレーターというドリル(高速回転式アテレクトミー、石よりも固いダイヤモンドドリル)で砕くという。心臓と血管の模型で分かりやすく説明をしてくれた。

父は昔から悪玉コレステロール値が高い。素人のマサイは血管の中に脂肪がたまって流れを細くしていると思っているので、試験管ブラシのようなもので、煙突掃除なみにやると、ほらすっきりと、安易に思っていた。しかし石のように硬くなっているという。だからドリルが必要なようだ。敏感な血管の中でそんな物騒なものを、と心配になる。

今日の検査は機器を手首から入れたが、手首からでは細いドリルしか入らないので、手術では足の付け根から入れるという説明。 ドリルで砕いただけ、フーセンで膨らませただけでは再び血管が細くなる可能性がある。そこで薬を塗ったステント(金属の筒)を入れる(ステント留置術)という。 手術は、明日夜に決まる。日程が開かずにとんとんと進めてくれるのは、とても有難い。

母親を実家に送って行く。ひざが悪いので、歩くのがやっとだというのに、帰宅ラッシュの時間に重なってしまった。守ってあげるのが大変。

11月10日(水) 手術時間が夜になるというが、夜というだけで何時になるか分からない。そんな時間に母親を一人で家から病院まで行かせるのは心配なので、家にいてもらうことにして、会社を早退して病院へ。

祈っているので、今日も心配はない。その代わり、病院に一人でいるのもかわいそうなので、そばについていてやりたいという、今までに思ったこともないようなことを考える。途中、3番目の手術だから18〜19時には家の人に病院に来てもらって欲しいと言われたと電話が入る。のんびり夕食を取って行こうと思っていたのだが、父親の飲み物だけ買って急いで病室へ。ところがここからが長い、カーテンで仕切られた狭い空間に2人で2時間以上待っていた。

やっと呼ばれた。手術室に入っていたのは、19時55分から約2時間。祈りながら待つ。 途中20時5分、院長が出てきて「今、ドリルで砕き終わったので、これからステントを入れます」と説明してくれた。削る方が大変なようだ。でも、もう大丈夫ですよ、というような表情だった。

手術後、ベッドに横になった父の姿を見たが、ほっとした安堵の表情で、顔が和らいでいた。良い顔をしていたので安心する。

先生の説明を術中の動画を見ながら受ける。ドリルは一進一退を繰り返すが、確実に奥へ、奥へと進んでいる。医療技術の進歩に驚く。途中横から院長が、「ドリルを2本使いました」と説明してくれた。

ドリルで血管内の詰まりを粉砕した後、フーセンで血管を広げ、ステントを3本順番に入れて行った。 ステントは所定の場所に行くと、ぱっと広がって、血管の口径を太く保ってくれている。手前から入れて行った。 広がった血管に血液が流れて、今までより太く、しっかりと見える。あの弱々しかった血管とは別物のようだ。明日止血の状態が良ければ、明後日には退院できるという。

11月11日 会社が終わった後見舞いに行くと、父は元気そうにしていた。点滴もとれて、明日には退院できるという。夜眠れないので、早く家に帰りたがっていた。周りに入院患者がいるために、あまり良かったね、良かったねと大声で話し続けるわけにもいかず、30分で引き上げてきた。あっという間の3日間だった、そのスピーディな処置には感謝するばかり。スタッフも皆良い人たちだった。

父親と二人きりで、色々話したり、一緒に時を過ごしたりしたのは、この3日間が今までの人生で一番長かったかもしれない。話題は孫のことだが、普通に話をしていた。父親も一緒にいてあげると安心なようだった。78才の老人を50才の初老が面倒を見ている。

2時間の大変な大手術だったが、これでいきなり血管が爆発するというような心配がなくなって安心した。もう立派な血管に血がしっかりと流れている。血管がよみがえったのだから、長生きしてくれそうである。

父は退院してしばらくは、疲れたか寝て過ごしていた。その後、外出せず、早寝早起きの毎日だという。今回の経過を記録に残そうと、闘病記を入力しているしい。親子で似たようなことが大好きなのだ。

17日には、昨日から心臓に全く異常がなく、体がステントという異物を快く受け入れてくれたようだ。徐々に運動不足を補っていくつもり、というメールが来た。

主よ、感謝します。患部の治癒はもとより、父とゆっくり時間を過ごせたということも感謝な3日間だった。

エペソ人への手紙 3:17〜21
こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、
人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。
どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、
教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。
戻る