息子に教えられることは多い


120号でストレスについて書いたが、最近仕事上のストレスが大きくなっている。通勤電車の遅れや混雑がそれをより大きくしている。何でこんなに激しく攻撃を受けるのだろう。ストレスが怒りとして湧き上がってくる。自分の頭の中に直接働きかけて攻撃をしているのではないかと思うほど相手の攻撃はどんどんエスカレートし、止まらなくなる。主に救いを求めるダビデの祈りを詩篇にたくさん見つけて共感している。

この間断なく無意識のうちに入り込んでくる考えは一体どこから来るのだろう。サタンがあらゆるところに悪意を張り巡らせて攻撃しているのではないかと思う。それもサタンお得意の手法で。そう、敵は自分から直接攻撃を仕掛けてくることはない。相手が自爆するように、じわじわと楽しみながら攻めてくる。爆発すればした方が不利になることもよく分かる。サタンの仕掛けは実に巧妙なのだ。だから気をつけようと自戒する。マサイはこのサタンの攻撃が細君や息子に向かわないように祈っている。その分は自分が引き受けるからと。ということでそれが胃にずっしり来ている。

詩篇55:22
あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。

息子の世界にもいろいろあるらしい。幸い良い仲間に恵まれているので悩まされることはないらしい。楽しそうに学校であった事を話してくれる。それでもいくつか親の耳に入ってきたことで一緒に心配してやろうとすると、「そういう風に想像することはやめる」、ときっぱり言う。「そんなことを考えているといやになるから」、ということだ。親よりよほどしっかりしている。息子に教えられることは多い。

息子は「考えること」をやめる、ではなく、「想像すること」はやめる、と言った。つまりは相手の実際にとった行動ではなく、自分の頭の中で相手を自由に動かし、自分をこれ以上もなくひどく攻撃させているのは、自分の内から出て、全て自分の頭の中で「想像」したものだから、やめられるのだ。

自分で勝手に怒りを増幅し、自分の胃が痛むような思いをする必要はない。その原因は祈りと心がけ次第で取り除ける。そんな思考が忍び込むごとに、息子の言う通りに「想像することはやめる」と断ち切ってみる。途端にそれは途切れる。ちゃんと断ち切れるものだ。わき出る悪意に左右されることはなくなった。この努力は繰り返ししなければいけないが、攻撃から解放される術を得たことは大きい。

サタンのやり方に乗せられて頭の中であれ復讐を企てて相手を倒す必要はない。人を憎むのは大きなエネルギーがいるものだ。聖書には、復讐は神様がしてくれると書いてある。神の怒りにまかせよ、と。

ローマ人への手紙 12章19節
愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」

この確信があればサタンに負けることはない。こうやって文章にしてみると、頭の中が整理されて、大分すっきりしてきた。我々がすることはテサロニケ人への手紙にある通りですね。分かりました、神様。

 

 

テサロニケ人への手紙第一5:16〜18
いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。

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