良い友と出会って欲しい


息子の1年先輩達が受験シーズンを迎えた。私立から始まったようだが、公立の前期選抜が週の始めにあった。学校では担任の先生が3年生と面接の練習をしていたと言う。一緒に楽しくリレーを泳いでいたメンバーがバラバラになって行くのは寂しいが、希望通りの高校に合格してくれることを祈る。

息子も一年後にはこういう時期を迎えるのか。ただでさえ息子の泳ぐタイムを気にして大会が近づくごとに胃の痛む思いをしているというのに、これに進学の心配が加わって来たらマサイは倒れてしまうかもしれない。とても仕事どころではない。

毎朝、息子にとって最適な進学先を与えてくれるように主にお祈りしている。良い先生、顧問、コーチ、仲間、メンバーに恵まれて、大きく伸びて行かれる高校に行かせて下さい。良い友達が沢山出来て、楽しい毎日が送れるような学校へ行かせて下さい。通学が苦にならず、インターハイにもリレーや個人種目で出られるような高校に行かせて下さい。知名度や偏差値だけで選択するのではなく、主の御心の高校を与えてください。

マサイは毎年、年末に昔の仲間と会ってゆっくり喋る機会を持っている。一人は高校一年から、一人は大学一年からの良い友人である。親友だからといって、年中会ってつるんでいる訳ではない。1年に1回顔を合わせて、「よっ」と言った瞬間にお互いが元気でやっていることを理解する、というような関係。普段は電話すらしないが、この年末に会う日を決めるためのメールにはすぐに嬉しそうな返事が返ってくる。

3人とも同じ大学の同じ学科だった。文藝部で一緒にものを書いていた仲間達であるので、1年間に読んだ本、聴いた音楽、見た映画などなどについて個人的な考えをまとめ、1年間の知的活動として表紙をつけ、ファイルして持ち寄る。これを読んでいれば1年間何をしてきたかが良く分かる。お互いのファイルを交換し、年末の忙しい時期にホテルのロビーにあるラウンジでコーヒーをおかわりしながらゆっくりと読み、話をする。50才のおじさん3人が本のことや音楽の話を嬉しそうに4〜5時間も喋っている訳だが、お互いに出会った頃の姿のまま、深いところでつながっているような安心感がある。実に良い関係を持っている。

大学在学中から始めたのでもう30年はやっている。すっかり年末の恒例行事として定着した。当初は手書きだったが、ワープロになり、パソコンで写真を取り込んで、と形は進化している。銀座や新宿の喫茶店から始めたのだが、仲間の一人が結婚式を挙げたホテルのラウンジにこの20年くらいは落ち着いている。

30年前は同じような本を読んで、同じような音楽を聴いて来たはずなのだが、最近は本にしても、音楽にしても、映画にしても同じ作品を3人揃って取り上げることは無い。話題になったからと言っても誰かがはずしてくる。わざと揃わないようにしているんじゃないかと毎回話が出るが、お互いの好むところは分かっているので、それはそれでよい。いつの日か3人が揃うような素晴らしい作品が出てくることを楽しみにしている。

仲間の報告書を読んでいると、来年はもっと面白い本を読んでみたい、新しい世界を開拓してみたい、という良い刺激になる。お互い高め合っていることになるのか、「じゃあ、また」とあっさり駅前で別れた後にすぐ本屋に行きたくなる。

昨年末にこの集まりをしていた時に高校の校歌の話題で盛り上がった。大先輩でもある大作家が作詞をしているものに曲をつけているので、とにかく歌い辛かったのを覚えている。この気持ちを皆にも分かち合ってもらうには、甲子園での高校野球大会で一回でもよいから勝ってかけてもらうしかない、と冗談で言っていたものだが、この校歌を後輩である有名ポップグループが録音をしているという。それを一人が見つけてCDに焼いて送ってくれた。こうまで変わるものかとアレンジの妙に感心する。やや高音だが感動的な仕上がりの校歌になっていた。懐かしいので何度も繰り返し聞いていた。

息子にはこれから一生の友と呼べる友達が出来るように、良い出会いをして欲しい。それが出来る高校を選べれば良いのだが、神様がきっと祈りに答えて下さると確信している。出来ればマサイと同じ学校へ行ってくれないものかと考えている。高校では聖書の授業も礼拝もあったから、我が息子には丁度良いと思うのだが、息子は水泳を通して出来た友達があちこちにたくさんいるので、どの高校へ行くかということより、どの友達と一緒になるかを楽しみにしているようだ。

箴言
12:26 正しい者はその友を探り出し、悪者の道は彼らを迷わせる。
17:7 友はどんなときにも愛するものだ。
27:7 鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれる。


月刊マサイで引用している聖書本文は、新改訳聖書第三版(©新日本聖書刊行会)を使用しています。

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