今を楽しめば


何度も書いているが中学2年生の息子は水泳をやっている。7月の中旬から全国大会に向けての予選会がいくつかあった。親子ともども5時台に起きて会場へ向かう。今まで標準タイムより速く泳いでいても、この大会でそのタイムが出なければ全国大会には出られない全国中学校水泳競技大会(略して全中。今年は福岡)へ向けての大会と、ジュニアオリンピック夏季大会(東京・辰巳)出場に向けての大会。親が緊張してどうするといわれるが、自然とため息が多くなる。細君によく指摘されるのだが、その緊張を何とか息子に悟られないように、移さないように気を使う。

5月24日に公認の大会があった後、6月は大会がなかった。ゆっくり出来たかというと、そんなことはない。ただただ7月の重要な大会を待つ日々。息子はそうでもないようだが、マサイは何をしていても落ち着かない。中学生の水泳選手が目指す高みにある全中への出場が決まるまで何にも手につかない。怪我をしないように、事故に遭わないように、病気をしないように、と毎日祈っている。

当時豚インフルエンザの話題が新聞紙面に毎日載っていた。息子が本来行くはずだった中学はまさに2年生が学年閉鎖になって、1週間自宅待機となっていた。その学区域を通って隣の中学まで通っている息子が心配。先輩が遊びで肩を強く殴られ、痛めたために大会を一つ欠場したという話を聞くと、心配でしようがない。7月の大会の直前に学校で球技大会があった。中間試験後の打ち上げのような企画で、バレーボールに出ていたが、先生もうちょっと実施時期に気を使って下さいよ、怪我をしたらどうするんですか、と言いたかった。マサイは一人で心配していたが、「学年で優勝したと喜んで帰って来ました」と細君からメールをもらってやっと安心出来た。

とにかく今までこつこつ積み上げてきたトレーニングの成果は、怪我や病気で長期に休むといっぺんにしぼんでしまうデリケートなもの。リレーも出るので、他のメンバー達に対しての責任もある。親は選手の体調を心配するあまり、日々祈ることがたくさんある。

「どうせあの子の人生だから」というお母さん方はいる。そういうふうに割りきって、今まで通り親は自分のやりたいことをやっていれば良いのだが、親が遊びに行って風邪をひいて息子に移してはいけないと考えてしまう。サーフィンに行っても気もそぞろになるので、行く気になれない。で、細君と近所を走って気を紛らしている。最近はそんな状態が多い。

先にある重要な日に向かっての「準備の日々」というのを妙に意識する。先の重要な日が待ち遠しく、その為に今の日々が早く過ぎてくれないかと考えている。息子はその日の為に毎日ハードなトレーニングを積んでいるというのに、マサイは何も出来ないでただその日が来るのを待っている。次の日を早く迎えたいために、夜早く寝る。今を犠牲にしている毎日。実にもったいないと思う。いろいろと我慢する事も多いので、この「犠牲」ということも良く考える。こんな状態が1年の間続いている。意識は先へ先へ飛んでいるので、ただでさえ早く過ぎて行く1年がもっと加速している。

しかしこのままではいけない。今という時は二度と来ない。息子の栄冠を早く見たいと先を求めるより、もっと気持をゆったり持って、細君と中学2年生の息子との今の時を楽しもう。先を楽しみにするばかりに、今を大切にする事を忘れていた。今を準備の為にとか犠牲にとか考えずに、楽しむ事を忘れないようにしようと考えた。毎日毎日は神様が与えてくださった大切な日々。今を楽しむ余裕を自分で持ちたい。

細君のやっているセレブレイトリカバリーの全体集会で配られたパンフレットの表紙に平安の祈りがあった。

「与えられた一日を精一杯生きることが出来るように。
 一瞬一瞬を楽しむ事が出来るように」

とある。主にあって今を楽しもう。そうすれば将来に向かっての心配も緊張もなくなるような気がしてきた。

全中予選会は2日間続く。2日ともに早朝会場まで息子を無事に送ってほっとした。この日まで怪我も病気もさせなかった。親の出来るのはここまで。後は本人がやるしかない。観客スタンドで祈りながら見ていた。リレーで4人の選手達は力の限り泳いだ。各校の先生、水泳部員、親達の応援は絶叫に近かった。そんな中、先頭争いをして上位でゴールしてくれた。全中は400mメドレーリレーとフリーリレーで出場できる事になった。いっぺんに体中から力が抜けて行く。緊張から開放された。イエス様感謝します。これからは今を楽しむ事も出来るようにして下さい。

エレミヤ書10:23
主よ。私は知っています。人間の道は、その人によるのでなく、歩くことも、その歩みを確かにすることも、人によるのではないことを。

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