主が励ましを送ってくれた


九州地方の仕事の打ち合わせで、下関にある会社の社長がマサイの会社に寄ってくれることになった。電話では2回話したことがあるのだが、会うのは初めてなので楽しみにしていた。

その前に同じ会社の部長さん2人が来てくれて、打ち合わせをした後、社長は昔水泳でオリンピックの準標準記録を突破した人、今でもマスターズに出ると言っている、さすがに肩幅が広い、などと聞いていたので、水泳選手の息子にアドバイスをもらえれば有難いと思っていた。

オリンピックへは標準記録を切って、なおかつその種目で2位までに入らないと出られない。世界へ出て行くわけだから、標準記録は厳しいタイムに設定されている。中学生スイマーの親から見ると、準が付こうとこれをクリアした人というのは、雲の上の存在に近い。憧れもあり、尊敬もある。どんな人が来るのだろうとドキドキしていた。

約束の時間ぴったりに、60才を超えて、なお元気そうな長身の紳士が来てくれた。会議室で仕事の話をしていたのだが、早く水泳のことについて聞きたくてしようがない。しかし真面目な話の最中にいきなり切り出して失礼があってはならないと我慢していた。

やっと話がまとまって、「かつての栄光のお話しをお聞きしたのですが」と切り出してみる。照れくさそうにされていたが、息子が水泳をやっているのでと言うと、話に乗ってきてくれた。

「息子さんのタイム、頭に入っていますか?」と問われて、400m自由形の自己ベストを告げると、驚いたように社長の現役の頃の日本記録に近いという。最近は記録がどんどん速くなってきているので、当時の記録を聞かれるのが恥ずかしいという。次に身長は?と聞かれる。さすがに聞いてくれることが、同じ世界に身を置いた人でなければ発さないようなものなので嬉しい。

たいがい普通の人と話をしていると、「息子は水泳の選手なんです」、「バタフライ泳げるんですか?」「どのくらい(距離)泳げるんですか?」とこの二つは必ず聞かれる。先日も「息子は毎日泳いでるんです」、「一日800m〜1kmくらい泳ぐんですか?」向うは精一杯気をつかって多めに言ったつもりの数字なのだが、こちらは開いた口がふさがらない。一般の人から見ると水泳選手のイメージはこの域を出ないらしい。

社長は丁度東京オリンピックの時に伸び盛りの高校生。種目は花形の100m自由形だったという。水泳界のスプリンターだ。今でもマスターズで活躍し、世界記録を持っている方が仲間にいるという。90歳を超えては競合相手がいないので、泳ぎきれば世界記録なのだと笑って話してくれた。現役当時一緒に泳いでいた人も大会で再会するようになったという。社長本人は出られたマスターズでゴーグルがずれてしまったと、残念そうに言っていた。

厳しい標準記録を突破したということは、当時どれだけのトレーニングをし、1/100秒をかけて戦っていたことか。その厳しさが分かるだけに、一緒に話していてその一つ一つが楽しかったし、嬉しかった。あまり嬉しかったので、見送った後、細君にすぐに報告をした。

今年の全国中学校水泳競技大会が8月に福岡であって、今それを目指して毎日一生懸命練習をしていると話していたのだが、後日「息子さんのこと楽しみです。全国大会の日程と場所、再度教えてください」というメールを送ってくれた。社交辞令かもしれないと思ったが、とても嬉しく、すぐに日程と場所を報告させてもらった。

しばらくたって、我が社の九州の現地担当からメールが来た。

「社長が、久々気持ちの良い人に会ったよ!とマサイさんのこと、心から絶賛していました。子供さんの水泳で九州に来られたときは、3人で一杯やろう!と言っていましたよ。」と書いてあった。実に嬉しいメールだった。何度も読み返してしばらく画面に見入っていた。細君にも転送して見て貰った。

管理職のわずらわしさに毎日閉口して、辛い思いをしながら助けを祈っていた時だったので、救われたような気持ちだった。自分だけがはしゃいでいたのではなく、相手もそう感じてくれたのが嬉しかった。神様が遠くから助けを送って下さったに違いない。主はいつも我々を見ていてくれて、まさに我々が必要としている時に励ましを送ってくださる。それは実に時にかなって美しい(伝道者の書3:11)。

ピリピ人への手紙4:6,7
何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

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