突然仏壇が


年始に実家に帰ると床の間に今までなかった仏壇がある。仏壇といって仰々しいものではなく、今様のインテリアと調和するような木目調のもの。観音開きであることに変わりはないが、父母双方の両親の写真が飾ってあった。位牌があるわけではないので、お茶碗にてんこ盛りのご飯に箸がつきたてられてということはなかったが、お香をたいたりなどしている。

マサイの実家には今まで仏壇がなかった。マサイの父は次男で、年寄りと同居したことがないので、仏壇を守ることもない。子どもの頃に暮らしていた小田原の家には神棚があったが、引越しを期に全て神社で燃やして来てしまった。

ということで埼玉の新居に移ってからはそういうものがなくなり、マサイはすっきりしたと喜んでいた。実家では一人っ子であるマサイだけがクリスチャンである。ところがある日実家に遊びに行くと、床の間に父方の祖父母の写真が写真立てに入れて飾られ、お香がたかれていた。

父親が考えたものらしいが、こうすると精神的に安心するらしい。信仰深かったり、普段からそういう話をする親ではなかったが、それが今度は仏壇になった。写真立てとは違って大きくなったので驚いた。誰がこれを継承するのだろうと、迷惑に思いながらゆっくり見もしなかった。

3月の半ば過ぎに父から電話がかかってきた。墓の事を考えているという。墓の場所は小田原の寺に確保しておいたと昔聞いた事がある。祖父の墓の隣に随分前に一区画確保したのだが、誰もその対象とならないので墓石もなく、更地のままになっている。

実家が埼玉の越谷へ引っ越して遠くなってしまったので、築地本願寺へ母の妹夫婦とともに納骨堂を申し込もうかと思っていると言う。自分達の将来の事として考えるはこのくらいしかなくなって来てしまったのかと思うと寂しく感じる。

しかし話を聞いていると、その墓を受け継ぐ場合は形式上でも信徒にならないといけないらしい。確保してある墓所は曹洞宗の寺にある。本願寺は浄土真宗本願寺派である。道元から親鸞へ。形式上と言っていたが、何も抵抗はないのだろう。自分達が形式上そうなるのは良いが、それを受け継ぐ人がいないと、永代供養料を支払っていてもそこを追い出されてしまうらしい。そこでマサイにも形式上でいいので、信者になってくれないかと言って来た。形式上だからと何度も言われたが、それは勘弁してもらいたいと、断る。

小田原の墓を生かす場合は、最近母が良く転ぶようになったので、遠くて行かれなくなると言う。先日父が小田原で小学校の同窓会を実に60年以上振りにやるのに出席して、あまりに遠いと思ったらしい。本願寺が駄目ならその代替案として、近くに探した方が良いだろうかと言う。しかし小田原の方は使わない場合でも宅地のように売買できないらしい。購入時に随分支払っているはずなのだが、転売できない以上金は戻ってこない。新たに買う場合はまた多額な支払いが生じる。

自分達はどうしたいのだと聞いても上手くはぐらかして聞きたい返事は返って来ない。築地というのも叔母の旦那さんの実家が岐阜の本願寺系に関係があると言うのと、叔母夫婦が結婚式を築地本願寺であげたというのと、マサイの会社が築地にある、ということで考えたらしい。しかしマサイが築地に通うのもあと11年。いつまでも通っている訳ではない。

お前達が将来どこに住むかによって墓の場所も決めたいという。息子がせめて高校を卒業するまではここを動けないし、そんな先のことは考えた事もない。息子の全国大会直前だったので、終わったらゆっくり考えるからと電話を切る。

大会後にかけなおすと、どうも歯切れが悪い。前にも書いたがマサイの両親はクリスチャンではない。子どもを幼稚園の頃から小・中学校以外はミッション系に入れた当人達は聖書に近づこうとしない。よくよく聞いてみると、クリスチャンになった息子に同じ墓に入れないと拒絶されるのではないかと危惧していたらしい。だから妹夫婦と一緒にとか、要らぬ心配をしていたようだ。

別に小田原での法事だからといっても車で迎えに行って送ってもあげるから、小田原の墓を使えばと提案をする。自分が長く住んでいて思い入れのある土地なのだろうし、無駄にするのももったいないからと話す。一人息子で他に面倒を見る人間がいないのだから、ちゃんと老後は見ます。だからもうちょっとは元気で孫の活躍を見ていて下さい、と言うと安心したようだ。

先日電話を切ってから、今日までの間に自分の思いを読んでもらおうかと思って文章にまとめていたと言っていたが、全ての元は自分達の老後、これからの事を心配してのことだったようだ。年老いた親を二人で生活させておくと、こういう心配をするのかと、改めて考える。

今は伸び盛りの息子の事ばかりしか中心に考えられないが、親からこっちも少しは気にしてくれよと言われたように思える。自分達の事を考えてきた人生、息子の事を中心に考えている人生、そして次は親の番か。最近は自分より、細君、息子の事を優先して考えるようになっているので、両親のことも当然の事のように考えられるようになった。心配しないで、全く忘れている訳ではないのだから。ちゃんとやります。

申命記5:16
あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が命じられたとおりに。それは、あなたの齢が長くなるため、また、あなたの神、主が与えようとしておられる地で、しあわせになるためである。

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