神は私の力、私のとりで


7月の末、長い長いトンネルを抜けた。何度も書いたように我が息子は水泳選手。今年中学1年生になった。この時期、2次成長が始まっている子は増えて、身長や骨格の差が目立つようになって来た。体格が変わってきた子は急にタイムが伸びて、今まで聞いた事もなかったような名前が大会の上位に入って来ている。

マサイはいつ2次成長が始まったのか。中学2年生の後半だったような気がする。我が息子は小学校の4.5年生までは大きい方だったが、以後その早期成長組にどんどん抜かれている。マサイも今まで一緒に遊んでいた子の声が急に太く低くなったりしたのを聞いて驚く。水泳はユニフォームで隠さない分、その成長の度合いは一目瞭然。あの子急に大きくなったね、など大会中息子のライバルを見ては細君と驚いている。

息子は父親に似たのか、まだその時期は来ない。最近になってやっと背が少しずつ伸びてきたが、骨がみしみし言うほど成長する時期はいつ来るのか。今やっとママに追いついて来た。マサイまではあと20cmある。親を超えて欲しいものだ。

そんな体格の変化期でもあるのが原因なのか、去年の11月頃から泳ぎ方がおかしい。自分の泳ぎを見失っている。まだ完成された泳ぎではないので、いろいろ思考錯誤している時期なのだが、泳ぎに自信をなくして、力が入っていないように見える。一体どうしてそういう泳ぎになってしまうのか分からない。同年齢の子達はどんどんタイムを縮め、自信を持って泳いでいるというのに、真剣に泳いでいるのか、と怒りたくなるほどの状態。

昨年は年末に向って親も緊張の糸が張って来ていた。選手に風邪をひかせないように、怪我をさせないように、いろいろ気を使っている。毎年の事ながら、当面の目標である春のジュニアオリンピック全国大会(短水路)には2月の中頃の予選会までに、夏のジュニアオリンピック全国大会(長水路)は7月の下旬の予選会までに、その制限タイムを切らないと出られない。この制限タイムも年々速くなっている。この制限タイムは、体格差が出ている時に、体格の大きな速い子を基準に設定しているようで、そんなタイムが切れるわけがない、という程目標タイムは毎年遠のいていく。しかしそれを100分の1秒でも良いから切る為に毎日毎日トレーニングを続けている。

今年に入って1月の試合でタイムが少し縮まったが、あと0.54秒足りない。この試合で目標突破を考えていたので、未達成感が残る。結論を次の試合へ持ち越したのだが、テンションを高いまま持ち続けることは難しい。1月末の試合…、もうちょっと。じゃあ2月の最終予選会で…。しかしこれは雪の為に延期。と、張ったままの緊張の糸を緩める事がなかなか出来ない。親も気が変になりそうだ。

早くこの緊張から解放されたい。他には何も手につかない。年末年始は3日間だけ休みがあったが、それ以外は毎日トレーニングがあるので、どこへも行かれない。トレーニングが休みの日も、横浜国際プールに自主練をしに細君が連れて行く。

結局春のジュニアオリンピックは1秒の半分というタイムに泣いた。去年の制限タイムだったら出られていただけに悔しい。今まで小学校4年生の春の大会から春夏4会連続して出ていただけに、ショックは大きい。緊張の糸は結局中途半端に緩められずに張ったままでいる。今まで出場が続いていた時は、それに慣れてしまっていた。何かそれも感動がなくなっていけないなと思っていた。

小学校を卒業して中学に入った。部活でも水泳部に入ったので、改革を期待していた。ところがそうは簡単に行かない。状況は小学6年生の時とそう変わらなかった。却って陸上の中距離の方を楽しそうに走っている。4,5月の県大会では皆がどんどん大きくなってタイムを伸ばしているのを悔しい思いをして見ていた。6月は試合がない。

そんな時の話し。

小学生の時はトレーニングへ毎日車で送迎をしていたので、息子の泳ぎをよく見ていた。単に見ているだけでは済まず、あそこをこうしろ、ここをどうしろと家に帰ってアドバイスしていた。しかし中学生になったのを機会に、自転車で通わせるようになったので、最近実際の泳ぎは見ていない。毎日のトレーニングを終えて帰って来ると、「今日はどうだった?」と聞く。「良かったよ」と聞くと親も安心するが、「やばかった」とか、「遅かった」と聞くと、こちらも余裕がなくなる。

息子はどんな時にもその様子を正直に報告してくれている。どんなに悪かった時も、親が機嫌悪くなるのは分かっていても、ちゃんと「遅かった」と報告してくれる。悪い時に良かったとごまかす事は絶対にしない。

これで一度ぶつかった。タイムを聞いて、夏の予選会まであとひと月だというのに何で今頃そんなタイムで泳いでいるんだ、と声を大きくする。コーチにも怒られ、本人が一番分かっている事だろうに、親も慰めてあげられない。ついつい攻め口調になる。それ程親も余裕がない。

息子は泣きながら、「自分でも一生懸命やっているんだ」、「どんなに悪くても正直に報告しているのに、どうして自分のやる気をなくさせるようなことを言うのさ」と訴えてきた。親子3人でゆっくり話し合いをする。親もたくさんの事よりマネージャー業務を最優先して一生懸命やっている中、限界に近い事、来月の予選会に向けてどうしたらよいのか、と正直に話す。

この話し合いは良かった。息子の言いたいことをちゃんと聞けた。息子の気持も良く分かった。しかしどうやったら自信を持って泳げるようになるのだろう。親もアドバイスのしようがない。祈り続ける。

7月に入る。全国大会出場の合否を決める公認の大会はあと3つ。その1つ目。横浜国際プール(長水路)での予選会は200m自由形で出場。予選会に出られた人数も少なかったが、ここでは最悪の泳ぎをしてきた。伸びないならまだしも、後退している。最初の50mで回りにつられて早く泳ぎ過ぎて、その後が続かなくなった。準備運動では良い泳ぎをしていたのに、本番では全く自分の泳ぎが出来なかった。

残り後2つ。夏休みに入ってすぐに全国中学水泳競技大会(いわゆる全中)の予選会が横浜国際プール(長水路)であった。ここでは「いつもと違う伸びる泳ぎをするから、驚かないでね」と細君に言って泳いだという。自分で考えて出した結論のようだ。この試合はいつものクラブのメンバーとしてではなく、中学校の選手として出る。スタンドにいる同じ水泳部のメンバーが、泳いでいる間中、メガホンを手に立ち上がって応援してくれる。

ここでの200m自由形は、全中やジュニアオリンピックの目標タイムこそ切れなかったが、何か大きなものをつかめたようだ。月頭の大会より4秒近く速くなっている。本人は目標タイムが切れなかったのでまた落ちこんでいたらしいが、良い泳ぎになったと細君に誉められて、気分的にも持ち返した。この距離に対する自分の泳ぎ方が分かったらしい。特に最後の50mをどう泳げば良いのか分かったと言う。この試合でもここからごぼう抜き状態だった。

翌日同じく全中予選。今度は400m自由形。この日はマサイも会社を休んで見に行く。何故か息子は出番前にものすごい緊張をしている。この種目は200mと違ってプレッシャーがかからないはずなのに、自分で自分にプレッシャーをかけている。応援スタンドにいるマサイの横にしばらく座って気持を落ち着けていた。

召集所に降りて行ってからは、親といってももう何も出来ない。息子が自分でどうにかするしかない。イエス様、守ってくださいとお祈りをする。しかし今日の息子はどこか違う。50mプールを4往復するのだが、隣コースの中3の子にくいつき、並泳し、追い越し、と安定したペースで泳いでいる。結果、自分の泳ぎにもタイムにも満足したようだ。ほっとした表情になっていた。親としては、泳いでいる4分半、皆が息子をずっと応援し続けてくれたのも嬉しかった。

この大会で息子は自信がついた。この後、日々のトレーニングでのタイムも急に伸びてきた。

そして7月27日、夏のジュニアオリンピックに向けての最終予選。これには200mと100mの自由形でエントリーしている。泣いても笑っても今日が勝負の日。教会の中学科から応援メッセージが届く。

詩篇59:17
私の力、あなたに、私はほめ歌を歌います。神は私のとりで、私の恵みの神であられます。

聖句のプレゼントはとても嬉しい。祈ってもらえているというのも嬉しい。

ゴール後の電光掲示板のタイムを見て、スタンドのあちこちで親達が一喜一憂している。今日が最終だという事もあるが、前回から変に緊張する癖がついてしまった。この日もスタンドのマサイの横に来たので肩を抱いて、励まし、しばらく一緒に仲間達の泳ぎを見ていた。これで少し落ち着いたようで、自分のフィールドに降りて行った。

召集所にいる姿をスタンドから双眼鏡で見ていて、緊張しているのが分かる。しかしその表情は不安そうなものではなく、精悍な顔立ちになっている。良い顔をしていた。

ものすごく集中しているからか、スタートの反応がいつもより速い。泳ぎ始めてからは回りにつられる事もなく、自分の泳ぎをしている。皆が最初に飛ばして100mを過ぎた頃からずりずり落ちてくるのを、ペースを乱されずに追い抜いて行く。この泳ぎを見るのは久しぶりだ。安定した良い泳ぎ。やっと力強い泳ぎが帰ってきた。細君は横で具合が悪くなりそうなほど緊張していたが、最後は叫んで応援していた。

マサイは150mの通過タイムを見て突破を確信した。そしてゴール。力強い泳ぎにはそれなりのすごいタイムがついてくる。自己ベストを3秒弱縮める文句なしの標準タイム突破。コーチ2人が両手で輪を作って嬉しそうに息子に合図をしている。息子もスタート台に片手でつかまりながら空いた手でガッツポーズ。こんな姿を見たのは9ヶ月ぶりだ。見事な泳ぎだった。

感動を有難う。マサイも細君も息子から大きな力をもらった。初めてジュニアオリンピックの制限タイムを切った時を思い出す。何度思い出しても熱い涙が沸いてくる。こんな感動はそう味わえない。これで親の緊張の糸もやっと緩める事が出来る。一挙に髪の毛が真っ白になってしまうのではないかと思ったほど力が抜けた。細君はトイレで一人泣いて来た。息子のマネージャーや栄養士として大変な日々を過ごしてきた細君、有難う。

これで息子もはじけた。自分の泳ぎ方が分かったようだ。それをつかんだから午後にある次の100mでも何かやってくれるだろうと思っていた。緊張もしないのだろう、100mの前はもうスタンドにはやってこなかった。

その100mの結果にはコーチも親も、皆がびっくりした。本人が一番驚いたに違いない。目標タイムにすらしていなかったタイムがいっぺんに出た。すごい奴だ。最後にもう一本泳げたが、その100mでもさらに自己ベストを出した。すっかり自信がついたようだ。残念ながらこの100mはあと0.3秒足らずにジュニアオリンピックには出られなかったが、200m自由形は文句なしのタイムで、大会初日の8月26日に出られる事になった。

長いトンネルだった。それを良く抜け出た。苦しんで、苦しんで、最後は自分との戦いだった。自分に打ち勝って、緊張も克服して、これからの泳ぎにつながる大きな自信をも身につけた。

詩篇59:17
私の力、あなたに、私はほめ歌を歌います。神は私のとりで、私の恵みの神であられます。

イエス様、可愛い息子は試練に打ち勝ってまた一つ成長しました。そう、神様は私の力、私のとりで、心から感謝します。

戻る