40の手習い


妻が「私の来年の誕生日には何でも良いから、食事を作ってちょうだい」と言う。 

  マサイは30年前、カブスカウトの時に飯盒炊飯やキャンプ料理などの真似事を学んだはずなのだが、悲しいかな全く覚えていない。小学校の家庭科の授業も記 憶にない遠い過去の事だ。つまり料理は出来ない部類に入る。父親が厨房に入らない家庭に育ったせいか、自分でも率先してやろうと思ったことがない。

   であるから妻が病気になって寝こむと、我が家は機能停止になる。かといって外食よりは家で食べる方が好き、というやっかいなもの。妻が実家に遊びに行く 時は、暖めるだけでいいようなものを作っていってくれるのだが、その間冷蔵庫の中の食材で早く食べてしまわねばならないものも指定していってくれる。それ をもとに、ごった煮的なうどんを作ったりする。後で「何を食べたの?」という質問に答える夫の返事を、妻はいつも呆れて聞いている。「出汁は?」「出汁っ て?」という次元の会話。2年半一人暮しをした事があるのだが、一体何を食べていたのだろう?

  妻は夫の誕生日には腕を振るってごちそうを作ってくれる。しかし当然自分の誕生日にも自分で全て作らなければいけない。せめて年に一度くらいは、という切なる願いが長年高じて、冒頭の提案になった。

  カレーでも何でもいい、と言う。4才半の息子と「どうしよう」と顔を見合わせる。「一緒に作ろうか?」。息子は「うん」とうなずく。時折妻の料理の手伝いを無理やりしているので、息子の方がうまいかもしれない。

   で、まずは料理の本を買う事にする。書店の料理本コーナーで女性に混じってあれこれ選ぶ。基本中の基本から載っているものでなければいけない。つまりご 飯の炊き方から載っているもの。何冊かめくってみて、「超初心者が作るおいしいおかず」というのを見つける。ただの初心者ではなく「超」がつく。それが気 に入って買ってくる。「正しい包丁の使い方」、「正しい計量のしかた」、「火加減と水加減」、「出し汁の作り方」、「野菜のゆで方、切り方」、そして当然 「美味しいご飯の炊き方」が載っている。これでもう料理が出来たも同然、と安心しきっている。

 40の手習い。妻に弟子入りである。妻の誕生日は4月15日。猶予はあと1年弱。さて何を作ろう。

 どんな小さなことでも、まず主に求めることから始めなければ―。 

<ルカの福音書> 

11:9 わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。 

11:10 だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

  与えて欲しいのなら、見つけたいのなら、開けて欲しいのなら、そう思うだけではなく、主に求め、捜し、叩くこと。「イエス様、2001年4月15日に妻に何か作ってあげられる夫にして下さい」。しかし心の態度を強調するだけで、自己の努力を怠ってはならない。

 いざ料理の鉄人目指して…いや、おごり高ぶりはいけない。

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